Mt. Marcy登頂記 -  ハイキングはドラマだ

準備

私はアメリカの自然が大好きだ。これまではドライブでアクセスできるところでそれを楽しんできたけれど、ハイキングで自然の中に深く入り込みたい。選んだのがNY州の最高峰、Mt. MarcyNY州北部、カナダとの国境に近いAdirondack州立公園内にある。インターネットで情報を集める。テント類を背負うバックパックが必要な区間が短くて、あとは軽装のデイバックで行けそうなので、アメリカハイキングの入門として適当であると判断した。


アメリカでバックパックで山に入りキャンプ/ハイキングをするのは初めてである。さっそく、Campmorへ行き、バックパックと地図を購入した。他のハイキング用品を倉庫から引っ張りだし、食料等をそろえ、計画表をつくった。今回は独りのハイキングだ。


第一日、ドライブ

朝6時過ぎにわが家を出発。RT87を北上。朝霧が漂うのを見る。9時頃AlbanyのTollを過ぎる。11時、Exit30から地方道をLake Placid方面に。この頃からぱらぱらと雨が降ったり止んだり。予報では、天気は快方に向かっているということだが。12時に目的のAdirondack Lojの駐車場着。二日間$13.5の料金を払う。

Marcy Dam

駐車場で朝作ったおにぎりを食べて、バックパックを担いでさあ、出発だ。山道に入る。またぱらぱらと降り出す。歩いていると本降りになってきた。ポンチョを取り出し全身すっぽりとかぶる。犬を連れたバックパッカーが降りてきた。山には登らずトレイルを歩き2泊したそう。ずっと雨で、miserableだったと。女性のグループも降りてきた。Avalanche Lakeがすばらしくきれいだったと満足そう。

午後2時、Marcy Damに着く。ダムがあり水流が大きな音を立てている。雨脚が強い。
この雨の中でテント張りをするのは大変だ。Lean-toと呼ばれる小屋に行ってみる。一つ目のLean-toにはリュックがたくさん置いてあるが人はいない。二つ目のLean-to(左写真)は一人の荷物が置いてあるだけ。ここに落ち着くことにした。雨が避けられるだけでうれしい。Lean-toの中からはMarcy Damの湖も眺めることができる(写真)。

荷物の主が帰ってきた。Jonathanというケベックから来た青年。雨が上がった。

炊事と熊

5時頃、炊事を始める。米を二合炊く。ご飯を取り出したその容器で、こんどは缶詰のチキンスープにタマネギを入れて炊く。それを取り出し、こんどは近くの川の水を入れて沸騰させてレトルトカレーを温め、カレーライスの出来上り。Jonathan君は炊事をするわけでもなくどこかに出て行った。帰ってきた彼の話を聞いて仰天!昨夜、となりの Lean-to近くに熊が現れたという。食料品をここに置くと危険なのだ。彼は炊事もLean-toから離れた遠いところでして、食料品もプラスチックの瓶に入れ、それを備え付けのCanisterに入れてきたという。私もそうすることに。

(人間の食料、とくに菓子類を食べた熊はその味が忘れられず、そのにおいを嗅ぎ付けるとテントを襲ったり自動車さえ壊すこともあるという。従って、食料を山に残すことはそのような「人食い熊」を作り出すことになるのだ。「人食い熊」は結局射殺される。食料の管理はこの山では最も重要な義務なのである。)

ダムの向こう側にある公園管理事務所に行くと、窓からこちらを見ていた女性が飛び出してきて私に説教を始めた。駐車場でCanisterを借りてくるべきだった。
明朝そうして欲しいというのだ。明朝は登山をするので、食料は背負っていくよ、と答えると、それは重くて大変だから夕方までこのCanisterを使っていいと許してくれる。やれやれ、Jonathan君のおかげで熊に食われずにすんだ。

トイレ

Lean-toにトイレの矢印があるので確認に。茂みにつけられたトレイルを通っていくとさらに2カ所に矢印があり5分ほど歩いて道の行き止まりにトイレを見つけた。木製の箱のふたを上げると穴が開いている。どうやって使うのかな、と一瞬思案。上に乗るには穴が小さい。なるほどこれは西洋式の原型で、座ってするのだと理解。箱もきれいに使われている。一見プライバシーは無いようだけれど、ここに座って向こうから人が来たらハローとか言えば問題ない。自然に囲まれてこれまた得難い体験だ。(ここ以外にトイレの表示は見たことがなかった。もしかしたら、駐車場には熊やトイレのことが表示されていたのかもしれない。掲示板を見てくるべきであった。)

音階鳥、就寝

Lean-toへ戻る。口笛のような音が。ドーミーミー、 ドーミーミー。そのうちソーミードー、とも。小鳥のさえずりらしいが、ずいぶん単調な音階をさえずるものだ。声はすれども姿を見つけられない。「音階鳥」と命名した。

エアマットを膨らませて毛布をかけその上にテントを乗せて寝ることに。今回、荷を減らすために寝袋を持ってこなかった。寒くないかちょっと不安に思いながら午後8時就寝。

異常体験

午後9時頃だと思う。少し寒いのでシャツを重ね着しよう、ついでに小用をたそうとして起きようとしたときに異変を感じた。ももから下の足全体に痛みとしびれを感じて立てないのだ。おかしい。これまで経験したことがない事態だ。なんとかマットレスから降り、Lean-toから下に降りようとする。痛みとしびれで地面にうずくまる。ようやく歩いて用を足し、マットレスに戻り重ね着をして横になる。横になると足の痛みは感じない。でも、今度は息切れが激しくなる。なぜかわからない。気を落ち着けようと思い、じっとしている。そのうち落ち着いて眠りについた。まったく初めての体験だ。「金縛り」というのを聞いたことがあるけれど、私はそのようなことにあったことがない。この夜の体験は夢ではないと思うが今でも不思議に思っている。(帰宅してから妻に話すと、「たたり」ではないかと言う。そのLean-toで過去に不幸があったのではないかと。)


第二日、起床

午前4時半頃、音階鳥が鳴き始めた。例によって、最初はドーミーミー、で、そのうちミーミードーやソーミードードードーとなる。湖の上に明けの明星が出ている。いい天気だ。起きるとき昨夜の体験を思い出した。今朝はまったく痛みもしびれも無いのに一安心。いったいあれはなんだったんだ。Lean-toの前で軽い体操をする。5時、だいぶ明るくなったので、管理事務所の庭で炊事。今朝は、パン、チキンスープとインスタントラーメン。

Lean-toに戻り、例のトイレを初体験。なかなか爽快だ。


Mt. Marcy登山

午前7時。登山道の入り口で入山の記帳を済ませる。私がトップの入山のよう。すぐ、10人ぐらいのグループが来た。ペンシルバニアから来たと言い、アーミッシュのような感じであった。

山道は、うっそうとした森の中。岩がごろごろして、ときどき水の流れもある。足どりは快調。 トレイルにはゴミ一つ落ちていない。 9時頃川に出て急に明るくなる。Indian Fallsという滝があるところ。滝が落ちる上あたりから向こうにAlgonquin Peakが見える(写真)。

10時過ぎに尾根近くに出る。後ろから来た女性ハイカーは昨夕、私に熊の説教をしたセラー嬢であった。山の名前を親切に教えてくれる。また男性グループに追いつかれた。その一人、Christianは、NY州ロングアイランドから来たと言う。頂上が近くなると展望が開け、登山道は一面の岩となる。Christianが親切に良い写真を撮ってくれた(下)。

12時少し前に頂上到着。Christianと相棒ふたりは大声で喜び合い、頂上で一番高いところに座り込んだ。ここは標高5344ft(1629m)でニューヨーク州最高地点である。360度の展望ができAdirondackの緑の山々、あちこちの湖が見える。山の斜面にところどころ大きな白い部分がある。表層がはがれて岩がむき出しになったところである。


左の写真は、左から、Johnjo, ChirstianそしてLean-toのルームメートのJonathan。遠方に湖が点在している。

ランチは、ご飯とうめぼし、キュウリの漬け物。頂上からのパノラマはこちら


下山、難路のトレイル

最初の計画では、登山道を戻る予定であった。セラーに別の道を聞いて、予定を変更しそこから降りることにした。来た道が5マイルに対して、別の道は9マイルと長いけれど、美しいAvalanche Lakeを通るのだ。12時半頃、Jonathan、セラー嬢がその道を降り始め、私がその後を追う。広い岩盤を歩くのは爽快だ。


Four Cornersから林道へ。道は、岩がごろごろしているところは上がったり降りたり膝に堪える。ぬかるみも多く足を取られる。先生に引率された子供たちが疲れた顔をして休んでいるのに出会う。これからあの登りはきついだろうな、と同情する。そういう私の下山道も辛い。展望の利かない林道の悪路を前へ前へ。人に会うことはほとんど無い。頂上で会ったハイカーは元来たルートを戻ったようだ。トレイルにはところどころに黄色のマークがありハイキングコースであることを確かめられる。でも別のルートに入り込んでいないか不安になる。こういうときはコンパスが役に立つ。ポイントポイントに標識もあるが、このルートに限って2カ所標識が無かった。疲れてきた。岩の上を飛び飛び歩くので膝が痛い。

幅の広い川に出ると男性3人が水を汲んでいた。Uphillというところ。彼らはロッククライマーで、Uphillから南に入った崖でロッククライミングを終えたところであるという。そのうちの一人が、Avalanche Passは面白いよ。数メートルもある岩がごろごろしていて、そこを這い登ったり這い降りたりするんだ、という。それを聞いて恐怖を感じた。この疲れた体でそんなところを越えられるだろうか?しかし他にルートは無い。


Uphillからはぬかるみがひどい。登山杖で確認しながら歩くのだが、ぬかるみの中の石と思ったのが泥で、ずぶずぶと靴が沈み込むことがある。登山靴はよくできていて水や泥が入ってこないのはありがたい。急流沿いの道になる。滝がいくつもあり轟音を立てている。その川に吊り橋がかかっているところに出た。ようやく下山道は終わり谷底に着いた。Lake Colden近くに来たのだ。午後5時。目的のMarcy Damまであと4マイル以上ある。この難路では1時間に1マイルぐらいしか進めないな。でも、順調に行けば明るいうちに着けるはずだ、と計算する。熊のいる山で野宿だけは避けたい。


Lake Colden東岸沿いの道は、木の根や石、それに一枚岩の崖を超えるような悪路である。けがをしたら困る。時間がかかっても慎重に。この道で会ったのは男性ハイカー一人だけであった。この悪路を走破しても先に、Avalanche Passというとんでもないところが待ち構えているのだ、という不安がつきまとう。


Avalanche Pass越え

Lake Colden東岸沿いの道は終わり、ついにAvalanche Passの入り口標識にたどり着いた。午後6時。ひとっこひとりいない。歩いていく。目の前が開けた。Avalanche Lakeとそれを挟んでそそり立つ両岸の絶壁である。息を飲むほどすばらしい光景だ。


この湖の西側(左)の絶壁の下にトレイルが続いている。教えられたとおり大きな岩がごろごろ。それに這い上がり、這い降りる。元気なときなら面白いだろうが疲れた体には辛い。でも隣には美しい湖と岩の絶壁。それが救いだ。ハイカー同士で交わす挨拶、Enjoy yourself. 、を口にしてこの道を楽しむことにした。後ろから15人ぐらいの若者が歌を歌いながらやってきた。写真を撮ると喜んでいた。この写真にあるような岩を越える道なのだ。




彼らが去った後を歩く。もう一つの問題は水。もうほとんど飲み水が無い。この山の水は飲料には適していそうにない。日本の山ではあちこちに湧き水があり飲むことができるが。ここでは、水は岩の上を流れ降りてくるので地中で濾されていないのだ。午後7時最後の水を飲む。その後は、チューインガムを噛みのどの渇きをいやす。

午後8時、ようやくAvalanche Passが終わった。さあ、あと1マイルほどだ。足どりも軽くなる。Lean-toに行けば水も飲めるぞ。8時40分、人の気配。なんとピストルを腰につけた男性だ。すぐ近くには頑丈な銃を肩にかけた人もいる。聞けば、熊を待っているのだと。熊に間違えられなくてよかったな。それからすぐ、管理事務所に寄ると、すぐセラー嬢が来て、「疲れただろう。特別にCanisterを貸してあげる」との暖かいお言葉。それを持ってLean-toへ。新しい同居人として父娘が居て炊事をしていた。まずは水を飲む。

私も炊事をしようとするが、周りはどんどん暗くなるし、ヘッドライトが点かずスペアの電池も見当たらない。もって来たローソクに火を点ける。調理はあきらめ、なんとかお湯を沸かして紅茶を作り、パンとチョコレートバーのようなもので夕食を済ませた。午後10時就寝。


第3日、帰路

午前5時、音階鳥の歌で目を覚ます。起きて荷造り。他の3人はまだ早いと起きるつもりはなさそう。ところで、私はLean-toの奥の方に頭を向けて寝たが、他の3人は入り口の方に頭を置いて寝ている(右写真)。これはどういう習慣の差なのだろうか?私が出かけようとするとJonathanが起きてこちらを見たので写真を撮った。


借りたcanisterを保管場所に置いて、朝食はまたチョコレートバー。飲み水はもうほとんどないので調理ができない。Water purifierを持ってくる必要があるのだな。午前6時過ぎ、思い出深いMarcy Damに別れを告げ、2マイルの山道を駐車場に向かって歩く。7時を過ぎる頃からハイカーがたくさん登ってきた。老若男女さまざまだ。大部分は、小さいリュックサックの軽装である。昨夜はLake Placid付近で宿泊し、今朝駐車場からハイキングを開始してMt. Marcy登頂後今日中に駐車場に戻るようだ。8時前、駐車場に着く。愛車のスバルに置いてある「お〜いお茶」がおいしい。駐車場入り口で、「昨夜戻れなかったんだ」と言うと「いいよ」とのことで追加料金なし。RT73に出たところで携帯電話の通信領域に入ったので久美子に電話する。ここから山を振り返って写真を撮った。中央がMt. Marcy。その右に深く切れ込んでいるのがAvalanche の谷である。ドラマに満ちたハイキングのことを思い起こした。


後始末

ドライブして、午後3時頃に帰宅。さっそくキャンプ用具の後始末をする。今回は、Lean-toでの宿泊、長い悪路のハイキングでいろいろな用具のありがたさを感じた。登山靴などを歯ブラシを使ってきれいにし、キャンプ用品を日光に当てた。今度はいつ山に行けるだろうか? (2009年7月12日記)

追記 - 「異常体験」その後

このMt. Marcy登頂記の読者から、「異常体験は隠れた体調不良による可能性があるので至急医者と相談されたし」とのご指摘をいただいた。7月16日にprimary physicianに会った。彼女の診断:「エアマットレス上で

不安定な姿勢で寝ていたため座骨神経が刺激されたため起こったのではないか。その後の「息切れ」は過呼吸と思われ、体の異変に対し反応したためと思われる。これは無意識下で起こる。マインドコントロールが良かったのですぐ直ったのではないか。現在、ももなど脚部分に異常は認められない。」(2009年7月17日記)


       
          

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