瞑想、迷想?

Bodh Gaya   ブッダ・ガヤー

 

「天下のまわりもの」の話


私のインド旅行も一週間を超えた。デリーの出来事や超満員のバスにはびっくりしたが、その後はそのようなことはない。都会の歩き方と交通機関の要領がわかって旅が快適になった。昨日着いたブッダ・ガヤーのこのホテルはここでは有名なホテルだそうで快適だ。ベランダからは静かな田園が広がっている。ここでの2泊でゆっくり休み、体調を整えるつもりだ。


宿料はRs1500でおよそ$45というリーズナブルさ(でも、カジュラホー、バラナシーの宿料の5~10倍だ)。カジュラホーの宿はその1/10のRs150、つまり$4.5と言ったらびっくりするかもしれないね。それで
もベッドが二つある個室だったし、テントのキャンプを思えばずっと快適だ。


インドのお金はRs(ルピー)。Rs100が$3ぐらいの換算レートだ。でも、この換算でお金を使ってはいけないことに気づいた。自転車の後ろに座席がついたサイクルリキシャーに15分乗ったらRs20つまり60セントくらいだ。自転車のこぎ手ははあはあ息を切らしていくこともあり、もっと支払いをはずみたいとも感じる。でも私がそれをすると他の人にもその相場を要求するようになるだろう。ここでの金銭感覚では、Rs20は$2あるいはそれ以上の価値があるように考えられる。そうすると、ここの宿は$150となりかなり高級だ。


ババ抜きゲーム  お金にまつわる話をもうひとつ。インドの紙幣はよれよれになった後ちぎれやすいようで、ちぎれていたりセロテープで貼っていたりすると、それで買い物しようとしても受け取ってくれない。

デリーに着いた夜、レストランで食事をした後、Rs500札でおつりをもらった。しばらくして、給仕のおじさんが「そのおつりとこのRs500札と交換しよう」と別のRs500紙幣を出してきた。断っても無理に交換しようとする。別のインド人が来て、このRs500紙幣は端がセロテープで補修してあるからだめだ、と言って私はあやうく難を逃れた。


後日別の店でRs10札で支払いをしようとすると、これは受け取れない、と言う。見るとこれもセロテープ。どこで受け取ったか覚えていない。夜行列車を待つプラットホームで物乞いの少年が来たのでこの紙幣を渡すと、これは駄目だよ、との仕草。

また、ちょっと切れ目の入っているRs20札でコーラを買おうとしたら、いやだという。そんならコーラはいらないよ、というと、シブシブ受け取った。

なんだこれは!まるでババ抜きゲームをしているみたいじゃないか! 高額紙幣ではまだ被害はないけれど、ババを引かないように注意する毎日だ。


11/23( 金) ガンガーの聖地バナラシーを後に列車で5時間、ガヤに。宿の迎えの車でブッダガヤに着いた。

バラナシーは不思議な魅力のあるところだった。そこで会った日本人の若者達が一週間あるいは一ヶ月そこに滞在している、と言っていたがその気持ちがわかる。少し未練を感じながら16:25定刻発の列車に乗る。列車が鉄橋にかかるとガンガー河、バラナシーのガート、そして西に沈もうとしている太陽を見る。

列車の中で、「仏教聖典」(友松圓諦著、角川文庫)を取り出し、ブッダガヤからサールナートにかけての記述を読む。この部分は、お釈迦様(ゴータマ・スィッダールタ)が弟子達に自分が悟りを開いた頃のことを思い返して弟子達に語った、ということを別の本で読んだことがある。今回あらためて読み直して、菩提樹の基でゴータマが悟ったと思われる内容は(まったく同じではないが)「般若心経」として知られるお経の内容に凝縮されているのだ、とわかりうれしくなった。私が暗唱できる唯一のお経だから。「般若心経」の思想は、私が学んできた科学思想とも通じるところがあるし、カントなどの西洋哲学とも通じる。あるいは、カントは仏典に彼の哲学の着想を得て、あの批判哲学を完成させたのではないかとも思う。

そんなことを考えていると、定刻より10分も早くガヤ駅に着いた。インドの列車は車内放送も無いから神経を使う。宿の人が私の名前を書いた紙を掲げてくれ、彼の運転でおよそ10km離れたブッダガヤの宿に落ち着いた(午後10時過ぎ)。夕食を摂る。インド人の若い給仕がマッサージをしてくれる。部屋で全身をすると30分、Rs300と言うが、断る。11時就寝。


11/24( 土) ブッダガヤのお寺へお参り。

6時半起床。昨夜は一度も目を覚まさずにぐっすり寝た。疲れがとれたような気がする。ベランダから真っ青な空と田園地帯を見る。

朝はゆっくりしてマハボーディー寺への路を歩く。街路樹はアカシヤに似た木。黄色い花をつけている。マハボーディー寺、ここは釈迦(ゴータマ)が菩提樹の
下で悟りを開いたところ、仏教徒にとって最大の聖地で世界遺産になっているという。寺院の入り口に当たるところに大きな門、というより鳥居のような建築物がある(右写真)。インドでは、ヒンズー寺院にも似たような建築物をよく見る。日本の鳥居の起源ではないだろうか?



ブッダガヤにて。菩提樹の下で瞑想(迷想?)する私










                              マハボーディ寺のストゥーパ。






まず、高さ50mあるというストゥーパ(塔)の中に入る。 黄金の仏陀が正面にある。前に座り心経を唱える。外に出る。塔脇にある菩提樹の下に座りふたたび「般若心経」を唱える。今日はこれだけで充分とひきあげる。帰りに、サイクルリキシャーに乗り、日本寺に寄った。ここはインドの子供達の学校にもなっている。

午後は部屋でのんびり過ごす。すこし疲れがでたころだから。


11/25( 日) ブッダガヤのお寺へ再度お参り。ラージギルとナーランダ観光後パトナへ。

5時半起床。朝ご飯なしでマハボーディー寺へ。塔の中をお参り後周囲を巡る。塔の裏側にある菩提樹は釈迦がその下で悟りを開いたところとして何人かの人が座禅を組んでいた。私もそれに加わる。朝日が塔に当たってきた。ブッダガヤは、賑わってはいるが境内は清潔で静かである。さすが仏教の聖地である。

寺の前のレストランで朝食を食べる。そこにいた日本人女性が、一緒に旅行しているボーイフレンドともども食中毒になり数日ここに滞在していると言っていた。気をつけよう。

そこに日本語の上手なインド人青年が話しかけてくる。警戒、警戒。しばらく話しているうちに、彼の勧めるラージギルとナーランダ観光に乗り気になる。自動車を一台チャーターして仏教ゆかりのラージギルとナーランダ観光後パトナまでドライブするプランである。

9:00ホテルを出発し、一路ラージギルへ。途中、屋根の上まで乗客が乗ったバスを何台も見た。またあれに乗るのはかなわない。田舎道をとばして1時間半でラージギルに着いた。リフトで塔がある山頂へ。ラージギルは、釈迦が活動時代のマダガ国の首都ラージャクリハがあったところである。また、周囲は釈迦が説法をしたところとしても知られる。しかし、ラージャクリハ城の面影を見ることができず、ちょっとがっかり。 

                           ラージギルにて。釈迦が説法をした山を遠望


それから30分、ドライブしてナーランダに着いた。
昼食後遺跡と博物館の見学。ここは、釈迦存命時代の紀元前6世紀から教育機関があったそうで、紀元6世紀には千人を収容する大学があった。そしてかの玄奘三蔵もここで数年学んだという。「般若心経」を含む膨大な仏典をインドから持ち帰り漢訳した玄奘ゆかりの地として楽しく見学した(写真右)。

午後2時ナーランダを出発。パトナに向かう路は途中大変な混雑で夕闇迫る5時過ぎにパトナ駅に到着。パトナは、紀元前5世紀にマガダ国の首都であったパータリプトラである。今晩22:10の夜行に乗るためパトナで過ごさねばならない。駅近くのホテルのフロントで荷物の保管を頼む。お金はいらないよ、と気軽に保管を引き受けてくれた。隣接するレストラン「スジャータ」で食事をしながらこれを書いている。さあ、あすはダージリンだ。   「次へ」


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