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コロナウィルスは突然変異で高い感染力を獲得したのか?

ー 米ワシントンポスト紙(2020.6.29)の記事

米ワシントンポスト紙電子版の表記の記事に興味を持ったので全文を翻訳した。この分野の専門家ではないので取り違いがあるかもしれません。御不審の場合は元の記事をご覧ください。記事には日本のことは触れられていませんが、日本国内のウィルスの型(D型かG型か等)とその変化を明らかにすることは今後の流行の予測のために重要と思われる。

なお、日本では「新型コロナウィルス」という用語が流通していますが、ウィルスは変異を起こしてさらに「新型」が現れていく可能性もあることから注意が必要であろう。今回の記事では、ウィルス名はSARS-CoV-2、そのウィルスが引き起こす感染症をcovid-19としている。(WHOによる正式名称)。

コロナウィルスの突然変異株が世界に蔓延した。 科学者はその理由を明らかにしようとしている。

2020.6.29 ワシントンポスト電子版 S. Kaplan & J. Acherbach (森谷東平訳)

 

2020年1月にシカゴで初めて今回のコロナウィルスによる感染が確認されたとき、その遺伝情報は数週間前の中国・武漢のウィルスの遺伝情報と同じものであった。しかるに、その後E. Ozer(Northwestern大の感染症専門家)がシカゴの患者から採取したウィルスを調べたとき、遺伝子に以前とは異なった部分を見つけたのだ。

ウィルス内のこの変化は次々見つかった。この変異株はシカゴ中に蔓延しており、欧州やニューヨークでの感染爆発とも関連していた。2020年5月までにはOzerが調べたウィルスの95%がこの変異株だった。

この突然変異によるウィルス構造の変化は、一見すると取るに足らないようにも見えた。このウィルスの表面を作り上げているタンパク質はおよそ1300個のアミノ酸からできている。変異株では、そのアミノ酸の一個が変わっていただけだから。すなわち、614番目のアミノ酸がD(アスパラギン酸)からG(グリシン)に置き換わっていたのだ。

変化はただ一つであるが、そのアミノ酸のある位置が問題であった。コロナウィルスはその名前の由来の王冠型の構造を持っていてそこには人間の細胞に侵入する鍵の働きをする突起構造であるスパイク蛋白(Spike Protein)があるが、置き換わったアミノ酸はそこに位置しており、この置き換えが起こるように遺伝子が変化していたのだ。

この変異はシカゴだけでなく普遍的な変異であることもわかった。全世界で共通データーベースに登録された新しいウィルスのゲノム約50,000件の中でおよそ70%がこの変異体である。この変異体は、公式には”D614G”と命名され、通常は省略して”G”と呼ばれる。

               fig1

                    図1.存在比率の高いコロナウィルスに見出された小さな突然変異

”G”型が優勢だったのはシカゴの感染爆発の時だけではなかった。全世界で蔓延していたのだ。まさに現在、それが何を意味するかを明らかにすることに研究者たちが競っているところだ。

この突然変異がウィルスの感染力を高めたことを示唆する実験研究結果が少なくとも5件知られている。ただし、そのうち1件だけが査読をパスした論文で4件は査読をパスしていないレポートである。これ以外に、先日木曜日に出版されたばかりのLos Alamos国立研究所の研究論文でも、G変異株を持つ患者は他人にウィルスを感染させる傾向が強いと主張している。

この突然変異体は(従来のウィルスに比べて)患者を重篤にする傾向を持っているわけではなさそうだが、伝染力が強くなっているのではないかと危惧する研究者が増えているのだ。

Gの感染力の向上を示唆する第1の研究は、E. Choe (Scrippe Researchのウィルス研究者)によるもので、疫学研究とChoeのデータは共に、なぜ欧州とアメリカでG型変異体が急速に拡散したかを説明できるとし、これは偶然ではない(ウィルスの感染力が向上したためだ)としている。Choeは、実験室の培養器でGの感染力が高いことを示した未発表の研究の筆頭研究者でもある。

これに対して、G変異体の存在比率が高いことについて(その感染力が高いためでなく)別の原因での説明もありうるとする意見がある。つまり、遺伝データを採取した場所に偏りがあったり、偶然のタイミングでG型のウィルスが無菌状態の人々に足場を築いただけかもしれないなど。J. Luban (Massachusetts大のウィルス学者)は、「本当のところ、確かなことはまだ何もわかっていないのだ」と語っている。果たして、変異で感染力が高まったのかそれとも存在比率が変化したのには他の理由があったのか?

この突然変異のミステリーを解明するための網の目のような研究によってこそ、コロナウィルスのパンデミックの最中で科学的な挑戦に成果がもたらされるであろう。毎日、全世界で数百万人の人が感染し、数千人の人が死亡していく中で、研究者は情報を迅速に得ることとそれが信頼できるか確認することの両者を高い次元で調和させなければならない。

             fig2

            図2.スパイク蛋白の変異体が優勢になっている
                G変異体(D614G)ウィルスは2020年1月に現れ、今は比率が高い株となっている。

「改良された鍵開け道具」

SARS-CoV-2ウィルスは感染症covid-19を引き起こす極めて高い破壊力を持つ侵入者であると考えられている。ウィルスは単独では生活することも増殖することもできないので宿主(ヒト)の細胞に侵入しその生物機構を取り入れてウィルス自身の複製を数千個も作るのである。今回のウィルスは破壊した組織のかけらを残して、宿主の免疫系に重篤な影響を及ぼす。

ウィルスの複製過程は入り組んでいて、ゲノムを複製する際に誤りを正す校正のメカニズムがあるものの複製をし損なうことも多く、これが突然変異である。ほとんどの突然変異では、ウィルスの活動に影響が現れないのが普通である。

それでも、2020年1月にこのウィルスの塩基配列を初めて分析して以来、影響のある変化が起こっていないかを見張ってきた科学者がいた。そして、変異が見つかったスパイク蛋白はウィルスの強力な武器であることからそのその変異は大きな影響があるのではないかと推定したのだ。

スパイク蛋白は、ヒトの呼吸器細胞上にあるACE2と呼ばれるレセプターに取付いて、その細胞に穴を開け、ウィルスを滑り込ませようとする。スパイク蛋白が強力であればあるほどヒトの体内に侵入が容易になるわけだ。中国・武漢でウィルスの原株が現れた時でさえ明らかにスパイク蛋白は効果的に働いていた。

fig3

      図3.

前述のChoeは、2003年の重度の呼吸器症候群発生以来スパイク蛋白がACE2に取り付く様子を調べてきたが、武漢でのウィルス原株はまだマシ(感染力が低い)だったと述べている。

Choeによれば、SARS-CoV-2のスパイク蛋白は2個のパーツからできているが、その2個のパーツの連携は常にうまくいくわけではない。中国で発生したウィルスの株ではヒトのレセプターにくっつく働きをする外側のパーツが壊れることが多かった。このように欠陥を持った鍵開け装置ではウィルスがヒトの細胞に侵入しずらかったのだ。

「この突然変異によって偶然この欠陥が修復されたのだと思う。」とChoeは述べている。

ヒトの細胞を入れたペトリ皿にウィルスを入れた研究では、G株を持つウィルスはスパイク蛋白の数が多くてその外側のパーツが壊れにくい傾向が見出された。こうして、実験室的には、Gウィルスは(D株と比べて)およそ10倍の感染力を持ったと見なされた。

さらにChoeによれば、G株で患者の容態が(D株に比べて)悪くなるわけではないこと、D株に感染した患者の抗体に対してもG株は抵抗を示すという。つまり、武漢の原株で開発したワクチンはG株に対しても効果があるだろうということを意味する。以上のChoeの研究結果はウェブサイトbioRevに投稿されている。このサイトの論文は他の研究者による査読がされていない予稿レポートのサイトである(つまり、信頼性が幾分低いことに注意を要するー訳者注)。 Choeはこのウェブサイト以外に正規の科学雑誌にも投稿しているがまだ公表に至っていない。

G株の高い伝染性に注目した研究者はまだある。

第2の研究はN. Sanjana (NYゲノムセンター、NY大の遺伝学者)によるもので、SARS-CoV-2のどの遺伝子部分がヒトへの潜入に関与しているかを明らかにしようとしていた。武漢のウィルスではそれがうまく進まなかった。それで、G型株に替えて研究をした。「我々はショックを受けました。なんと、ウィルスの伝染性が大きく増大したのです。」Sanjanaのグループはいろいろな種類の細胞で実験を繰り返したが、常にG株は高い感染性を示したという。結果はbioRevに発表されていて、全体的にChoeや他の研究所の結果とも一致している。一方で、SanjanaたちはChoeとは解釈が異なっている。Choeらが突然変異でスパイク蛋白が安定したと考えているのに対して、Sanjanaは改良されたのは感染過程であるとしているが、これは未発表の最近2週間の実験に基づいている。Sanjanaの提起している仮説では、G株は初期段階で効率よくヒトの細胞に侵入し、ヒト細胞の複製機構を乗っ取っているとしている。

第3の研究はJ. Luban (Massachusetts大Medical校)で、実験結果から突然変異によりスパイク蛋白はACE2レセプターにくっつくように形を変えることができ、ヒトの細胞に溶け込む能力が向上しているとしている。アプローチの違いで食い違いが生じているが、何かが起こっているのは間違いない、とLubanは言う。

 

未解決の問題点

K. Andersen (Scrippsのウィルス研究者)は、以上の実験はどれも注目に値するがどれも決定的でない、と批判している。同じ効果を別のメカニズムで説明するならその理由を明らかにする必要があるし、論文は査読をパスしなければならず、現実のウィルス株の実験で再現できなければならない。G株が感染力が特に高いと言うのは早すぎるのではないか、ともAndersenは述べている。

A. Brito (Yale大の計算機生物学者)は、以前実施された細胞培養実験が正しくなかった点を指摘している。マラリヤ治療薬であるハイドロシクロキノンはペトリ皿中のコロナウィルスを死滅させるという結果が得られており、トランプ大統領が推奨し、FDAがcovid-19の入院患者に対して緊急処理用として認可したものである。しかし、今月(2020年6月)にその認定は取り消された。ウィルスには効果がないと考えられ、安全上のリスクが潜在しているとの証拠が得られたためだ。

G株についての第4の実験はB. Korbar (Los Alamos国立研の計算機生物学者でHIVゲノムの世界最大のデータベースを構築したとして著名)によるものである。Korbarグループによる(査読をパスして)公表された論文で、「G株が適合性の強みを持っていることが圧倒的に優勢になったことを説明となる」と述べている。Korbarたちは2種類の統計学的手法を用いて、全世界から取り寄せた30,000余りの配列を解析し、3月以前には原株(D株)が主体であった地域でもその後変異株(G株)に置き換わったことを見つけた。この変化が顕著だったのはアメリカで、初期にはD株が96%であったのに対して3月末にはG株が2/3以上であった。

G株についての第5の実験はKorbarと共同研究している英国の研究者によるもので、G株に感染した人は体内のウィルス粒子の数が多い傾向があるという証拠を見つけている。ウィルスの数が多い患者の病気がより重篤とは見えなかったが、G株の拡散が速いことの説明にはなる、と述べている。落としていくウィルスを多く持つ人からは他人への感染もしやすいということだ。

(Korbarらの)論文中には、前述したSanjana、Choeやその他の研究者が見つけた事柄、つまりG株は(D株に比べて)3倍から6倍の感染力を持つこと、を支持する2つの実験も述べられている。

Los Alamosの(Korberらの)予稿論文にはこの実験結果は含まれていなかったが、2020年春に予稿が発表された時強烈な注目を浴びた。その後実験データが追加され、査読をパスしたという信頼もあり、(G株が感染力を増大させたという)見解が強身を増したけれど、Korber自身を含む多くの科学者は更なる研究が必要であると述べている。

G株の高い感染力という見解に疑念も向けられている。前述したAndersenもその一人で、「今あるデータには偏った内容が多く含まれていて、人々はそれを検査することも知ることもできないのだ。」と述べている。(抗体検査の結果、アメリカの感染者は公表値の10倍は居るとの見積もりが6月に発表されたが)アメリカで実際に感染している人の90%は未だ検査を受けていないということであり、また公衆衛生インフラが十分でない国々で押し寄せる感染者の対応に追われている現状では今あるデータはあまりに少な過ぎ、「答えたい疑問のほとんどに答えることができない。」とAndersenは指摘する。

P. Sabeti (Harvard大、Broad研の計算機生物学者)も次のように指摘している。圧倒的に大部分のゲノムの分析結果は欧州とアメリカから来ているが、欧州はG株が最初に発生したところであり、アメリカの感染は欧州からの旅行者により持ち込まれたと考えられ数週間は感染が検出されないまま放置され(その後感染爆発が起きて)国全体がロックダウンされた。これらの事情を考慮すればなぜG株が現在優勢になったことが部分的には説明できるだろう。G株の変異が優勢になったのは「創始者効果」(founder effect)の結果かもしれない。つまり、北イタリアの感染の大部分はG株により引き起こされたが、G株がその地に到達した時たまたま何も準備がない人々に容易に取付く結果となり知らない間に広範囲に拡散したのだ。(つまり、G株自身の感染力がD株と変わらないとしても優勢になった説明ができるだろう)

これらのいろいろな説明を検証するにはより厳密な統計解析、つまり動物による対照実験、で可能かもしれない。また、D614G変異に関する研究が蓄積されるにつれて変異の意味の確信を深められていくだろう。

J. Hultquist (Northwestern大のウィルス研究者)は、「徐々にではあるが、共通認識が得られ始めているところだ。」と述べている。

D614G変異のミステリーの解明は短期間では大きな進歩をしないであろう、とAndersenは指摘する。「D株を扱うことができなかったし、G株の感染がさらに広がれば今後もD株を扱えないだろうから。」

ゲノムがウィルスの振る舞いにどのような影響を及ぼすかを理解することは本質的であると科学者は考える。発生し続ける突然変異の構造を特定していくことで、それらの拡散を追跡していくことが可能になる。また、どの遺伝子がウィルスの感染力に影響するかの知識があれば、公衆衛生当局者はその知識を考慮して適切な努力体制を仕立てあげることができるわけだ。治療方法やワクチンが広範囲に行き渡った時でさえ、薬品耐性株が発生した時にはゲノムの基本的な理解こそ的確な対処方法が得られることになるのだから。

「感染のメカニズムの理解は特効薬ではないだろうが問題により適切に対処することに役立つだろう」とSabetiは指摘する。「これは時間との競争だから。」

               *************************

訳者より

今回の「新型」コロナウィルスの感染には不思議なことが色々ある。日本などアジアの一部地域の死者が欧州、アメリカ、南米、ロシアに比較して極めて少ないこともその一つだ。6月末時点で全世界の感染者が一千万人を超え、死者が50万人を超えているのに対して日本の感染者は2万人弱、死者は千人以下である。十万人あたりのコロナによる死者は、アメリカ約50人、イタリア約60人、ドイツ約10人、日本約0.6人、である。山中伸弥教授はこの未知の原因を「ファクターX」と呼んでいる。日本における死亡率の低さを日本人の衛生意識の高さと考える人もいるが、ウィルスの種類が異なる、つまり日本のウィルスは毒性が低いか感染力が低かった、という可能性も考慮する必要があろう。日本国内のウィルスの型がD型かG型か、その時間的変化はどうかを調べることは重要だと思われる。

今回のワシントンポストの記事では、は中国・武漢のウィルスとは異なった変異株が欧米で優勢であるのはウィルスの構造と感染力の違いによるのではないかという説を紹介しながら、科学的にはまだ断定できないと慎重な意見を併記しているあたりは公平な取材態度であると感心させられる。と同時に、科学研究の難しさをあらためて思い知らされた。

今後も、コロナウィルスの科学の動向に注目して行きたい。(2020.7.6)

 

corona2コロナウィルスの変異株(その2)